大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

札幌地方裁判所室蘭支部 昭和46年(ワ)189号 判決

原告 中川勇次

被告 株式会社栗林商会

右代表者代表取締役 栗林徳光

右訴訟代理人弁護士 土井勝三郎

主文

被告は原告に対し金四〇万円およびこれに対する昭和四六年七月一六日から完済まで年五分の割合の金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は仮に執行することができる。

事実

第一、当事者の求める裁判

一、原告は、「被告は原告に対し、金一〇五万円およびこれに対する昭和四六年七月一六日から完済まで年五分の割合の金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を求めた。

二、被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。

≪以下事実省略≫

理由

一、当事者の経歴事業等

原告は、昭和三一年九月被告に臨時従業員として雇われ、同三五年八月二一日常用従業員となり、被告の営業である港湾荷役の業務に従事していたものであること、被告は、港湾荷役および物品販売を業とする株式会社であって、室蘭市海岸町一丁目二二番地に本店を、東京、札幌、帯広、苫小牧に支店を置き、室蘭市内には、本輪西事業所外四ヶ所に事業所を有し、総職員数一、三〇〇名、うち本輪西事業所における職員数は約四五〇名を擁すること、施設として本輪西事業所構内に倉庫一六棟、岸壁(繋船場)延長一、一八〇メートルがあり主として、新聞巻取紙(洋紙)、パルプ類、鋼材、輸入材、肥料、鋼鉱石等の貨物を取扱い、その作業として、岸壁に繋船された船舶の貨物の積卸、構内岐線上の貨車の貨物の積卸、貨物自動車の貨物の積卸および倉庫における貨物の倉入、倉出作業等を行なっていること、殊に、パルプについては、一号倉庫前の岸壁に繋留される船舶から輸入パルプを揚荷し、これを一号倉庫に倉入し、倉入したパルプをトレーラートラックに積み込み王子製紙苫小牧工場に運搬していたこと、以上の事実は当事者間に争いがない。

二、安全衛生協議会における事件について(請求原因2、4、5)

1、原告が、昭和四三年七月二三日午後二時から、前記被告本店の会議室において開かれた安全衛生協議会に、労働者側委員の一人として、外七名の労働者側委員および被告取締役勤労部長新保精一、工作事業所長相馬重蔵外五名の会社側委員および事務局員と共に出席し、原告主張の事項について協議をなしたことは当事者間に争いがない。

≪証拠省略≫を総合して考察すれば、原告は、右事項について、主として右会長である新保精一に対し、会社(被告)の安全対策を追求する趣旨の発言をするうち、原告が右新保会長の制止をきかずに発言を続け、会議場が紛糾したため、同日午後三時三八分ごろ、右新保会長が閉会を宣し、出席委員らが退室を始めたが、未だ数名の委員および事務局員が在室していた同日午後三時四〇分ごろ、原告の向い側席にあった前記相馬重蔵が、原告の傍に近寄り、机に坐っていた右大谷の頭ごしに、左手で原告の襟首をつかんで原告ののどを押し、続いて、右手で原告の顔面を数回殴打する暴行を加え、その結果、原告は、同日より八月六日までの通院加療を要する前頸部圧挫傷の傷害を蒙ったことを認めることができ右認定を覆えすに足りる証拠はない。

2、被告は、相馬重蔵の右暴行は、被告の「事業の執行につき」なされたものではない旨主張するので、この点を考えるに、右証拠によれば、安全衛生協議会は、被告が設置しているものであって、その実施が被告の事業の執行にあたることは明らかなところ、閉会後とはいえ、これを極めて近接した時間に、会場である被告本店会議室内で、しかも他の出席委員数名および事務局員らが未だ在室しているばかりでなく、相馬重蔵の右暴行の原因は、原告が新保会長の制止を無視して発言し、会場を混乱に陥れたその態度および原告が、相馬が所長をつとめる工作事業所の安全対策を追求したこともあって、右相馬において内心不快の念を抱いていたものの、格別同人と原告との個人的、人格的な紛争によるものではなかったことが認められ、これらの事実に照らせば、相馬重蔵の右暴行は、安全衛生協議会の実施と密接な関連を有し、被告の事業の執行につきなされたものと認めるのが相当である。

してみれば、相馬重蔵の右暴行に基く原告の損害は、右相馬の使用者である被告においてこれを賠償すべき義務があるというべきである。

3、そこで、原告の主張する慰藉料について検討するに、≪証拠省略≫によれば、被告は、本件暴行を理由として、右相馬重蔵を戒告の懲戒処分に付し、同人はその後被告を退職したこと、被告代表者栗林徳光は、原告が所属し、かつその分会副委員長をつとめていた全港湾労組栗林分会に対し、陳謝文を交付して陳謝し、かつ、被告取締役勤労部長新保精一もまた、原告の病気欠勤中およびその他の自後の処理については、不利益な扱いをしない旨文書を交付して約していること、原告およびその所属する前記栗林分会執行委員長進藤春男、前記被告勤労部長新保精一が仲に入り、相馬重蔵から原告が要した通院治療費、交通費合計一万三、〇〇〇円の財産的損害に対する填補がなされ、かつその際、原告と相馬とが握手して和解をなしたことが認められ、これら事実に徴すれば、原告の精神的苦痛はすでに慰藉されて存在しないものと解すべきである。

三、監督員室における事件について(請求原因3、4、5)

原告が、前認定の暴行により受傷し、休業中のところ、昭和四三年七月二九日、その家族三人とともに、札幌市で開かれた道博の見物に赴き、翌同月三〇日被告(会社)に出勤したことは当事者間に争いがない。

≪証拠省略≫によれば、原告は前認定の日に出勤し、原告の申出もあったため、その直属の上司である作業長浅野武が、寄場掃除の軽作業を命じ、原告が右作業に従事していたところ、まもなくこれを認めた港運現業所現業課長山崎正(当五二年)が「一一時間もかかる道博見物ができるのに何故軽作業しかできないのか」とこれをとがめた上、「一般作業ができないなら寄場に坐っていろ」といったため、原告はそのころから、監督員室の椅子に坐り始めたものの、同日午前九時四分から同日午前一一時三三分ごろまで外出し、約一時間を除けば監督員室に在室しなかったことが認められる。≪証拠判断省略≫ そして、≪証拠省略≫によれば、当時寄場掃除の担当者が他に数名おり、原告としては殊更掃除の作業に従事する必要もなかったので、道博見物に赴ける程の原告が殊更軽作業に従事している態度に不快の念を抱き、何もすることがないなら監督員室に坐っていろと捨て鉢な気持ちで発した発言と認められるところ、原告は、前認定のとおり、組合分会の役員であり、発言力、交渉力等において必ずしも劣った立場になく、たとい相手方である右山崎が課長たる地位にあったからといって、右山崎の発言を命令、指示と解する事情が存したものとは認められないし、原告が前認定のとおりその後間もなく外出している事実をも合せ考えると、右発言に従って、在室すべき心理的拘束を受けたものとも解されない。原告が右山崎の発言自体により主観的に無念、不快の情を抱いたとしても、前認定の事情のもとにおいては、右発言が、人の社会生活上許容される相当の程度を超えたものとは解されないから、右発言をもって不法行為とはなし難い。

してみれば、右山崎の不法行為を理由にその使用者である被告に対し損害の賠償を求める原告の請求は失当である。

四、本輪西阜頭第一号倉庫前の転落事件について(請求原因6)

1、原告が、昭和四四年三月一五日午前九時三〇分ごろ、被告の本輪西阜頭Aパース一号倉庫前において、被告の港運現業所作業課作業長である前記浅野武外六名の作業員とともに、輸入したパルプをトレーラートラック(以下単にトラックという)に積荷する作業を終え、続いてこれにシートを掛けるべく、浅野作業長と二人で、コンクリート路面から約三メートルの高さのトラック積荷上にあって、シートを広げその上に乗っていたところ、海側方向から吹いた強風により、右シートの一端が吹き上げられ、そのシート上にあった原告を巻きくるんで原告を右トラックの倉庫側コンクリート路面に叩き落したことは当事者間に争いがない。

2、そして、≪証拠省略≫を総合して考察すれば、原告は本件事故により左胸部打撲、脳震盪、両下肢打撲の傷害を負い、昭和四四年三月一五日より同年七月一五日まで下地外科医院に通院して治療を受け、さらに同年七月一六日から同年九月二五日まで室蘭市立室蘭総合病院に通院して治療を受け、同年一〇月一三日ごろ同病院医師より治癒したものと診断されたものの、なお左胸部に疼痛を覚えたため、同年一二月一日北海道大学医学部付属病院において診察を受けたところ、なお通院治療を要するとの診断を受けたため、再び、同年一二月一四日から同四五年七月二六日まで、同四五年一二月一八日から同四六年六月三日までそれぞれ住居地の前記下地外科医院に通院して治療を受けたことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。けれども、右認定の治療の経過によれば、原告の治療相当日数は、事故の日から昭和四五年七月二五日までと認めるのが相当である。そして、右証拠によれば原告は、被告から、主として財産的損害の填補の趣旨のもとに生活見舞金として金二〇万円の支払いを受けていること、原告は、前認定のとおり昭和四五年七月二〇日退職して転職したが、右転職先も被告がこれをあっせんするなど、被告の側にも多少の誠意を認めることができるから、これら事情を斟酌すれば、原告の本件受傷に基く精神的苦痛の損害は、金四〇万円と認めるのが相当である。

3、ところで、弁論の経緯に徴し付言するに、労働者が、労働者災害補償保険法に基き、同法所定の療養補償、休業補償の各給付を受けた場合右給付は、労働者の蒙った財産上の損害の填補に充てられることがあっても、精神的苦痛の填補には充てらるべき性質のものではないと解すべく、この結論は、夙に最高裁判所第一小法廷昭和三七年四月二六日判決の示すところである。それ故に、使用者が、自己の不法行為又はその被用者の不法行為に基き使用者として賠償義務を負う場合には、労働者が右不法行為を原因として、労働者災害補償保険法に基く保険の給付を受けたからといって、使用者が、労働者の蒙った右不法行為に基く精神的損害に対する賠償義務を免れるものではないと解すべきである。

4、そこで次に被告が、原告の損害を賠償すべき義務があるかどうかを検討する。

原告は、択一的に、被告は、被告自身の「自己の行為」に基き、又は、被告の被用者である作業長浅野武の不法行為による使用者責任に基き、原告の損害を賠償すべきだというのである。

(一)  よって、本件損害が被告の「自己の行為」によるものか否かを考える。

通常、組織的企業体における具体的な職務行為、とりわけ事実的行為は、その被用者により遂行されるものであり、企業体が故意、過失ある「自己の行為」により他人に損害を及ぼすものと認められる例が、実際上限られるものとなることは他に、民法第七一五条が存することとの関連において止むを得ないところである(もっとも、組織的企業体の被用者の行為は、すなわちその使用者である企業体そのものの行為であると解し、かかる場合に、使用者につき民法第七〇九条の不法行為の成立を認めようとする見解のあることは周知のとおりであるが、当裁判所はかかる見解を採用しない。)。

しかしながら、企業の操業の開始、続行など、企業の意思決定に基き行なう事実的、法律的行為につき第三者に損害を加える場合もあり得べく、かかる場合、他の要件が具わる以上、企業自体の「自己の行為」による不法行為の成立を認むべきは当然である。

原告は、被告が室蘭地方気象台から受けた強風波浪注意報の通報を作業長に伝えなかったことを、被告の過失ある行為(不作為)と主張するが、これを検討するについては、まず被告の不作為を次の二つに分けて考うべきものである。

その一つは、当該具体的通知をしなかったという具体的不作為であり、その二は、およそ前記の如き注意報を受けたときは、作業長に対して通知すべき旨の一般的定め又は指示、命令、その通知担当者、通知方法の定め又は指示、命令をしなかったという一般的な不作為であり、そのいずれについても、被告に作為義務があるか否かをまず吟味すべきものと考える。かかる作為義務の存しない以上、使用者の不作為を不法行為における行為と解することができないからである。

前認定事実によれば、被告は全職員一、三〇〇名、本輪西事業所のそれだけでも約四五〇名を擁する組織的企業体であって、格段の事由がないかぎり、前記通報を受ける都度、被告が、自から又は履行補助者を用いて、作業長に対し、これを伝達すべき作為義務を負うものとは認められないから、被告が本件当日、本件通報のあったことを浅野作業長に伝達しなかったからといって、右不作為が、不法行為における行為にあたるものとは解されない。

次に、被告が、前述の意味における一般的作為義務を負っているか否かを考えるに、労働者安全衛生規則第一一一条の三は使用者に対し、高所において作業を行なう場合において、強風等の悪天候のため、作業の実施について危険が予想されるときは、当該作業に労働者を従事させてはならないと定め、右の義務を使用者にあるとしている以上、使用者自からが、右規定の実効を期するため、可及的に安全な措置を講ずべき義務あることを当然予想しているものと解される。そして、被告の輸入パルプの積載、シート掛け等に関する被告主張の事実は当事者間に争いがなくこの事実と≪証拠省略≫を総合して考察すれば、

(ⅰ) 本件事故現場を含む被告本輪西事業所は、噴火湾に突出した半島の根本付近に所在し、地形上西北西から東南東に抜ける風が卓越して吹き、同事業所を含む地方を管轄する室蘭地方気象台の観測記録では、同管内の年間平均風速は毎秒五・四六メートルであり、この数値は、北海道の気象官署のうちでは、寿都、江差、留萠につぐ強風地帯にあたること

(ⅱ) 被告本輪西事業所においては、すくなくとも昭和四一年ごろ、トレーラートラックを輸入パルプの積載運搬のために導入したが、右トラック荷台に積載したパルプの上端部は地上より二・七メートルの高所にあるところ、被告においては、少なくとも同年ごろより輸入パルプの格納のため一号倉庫を充てている関係から、同倉庫前付近において右トラックにシート掛けを行なっており、その方法は、右高所にある積載パルプ上に作業員二人が乗り、折り畳んである長さ一〇メートル以上、巾約七メートルのシートを前後左右に展開した上、下端をトラック車体に縛着するものであって、殊に海側から吹く風により右シートがあおられるおそれがあるため、右縛着にあたっては、海側に人員を多く配置することがある等の作業方法をとることもあったこと、それ故強風により、シートが吹き上げられることのあったことは、稀有の事例ではなかったことが推認されること

(ⅲ) 本輪西事業所における陸上作業に際し、これまで受傷の例があったとの証拠はないが、強風により転落した例があり、その実効性についてはともかく、労働者から、かかる転落防止のためかねてから瞬間風速計の設置を望む声があり、シート掛け作業が危険な作業である旨の意見が、従業員内より出ていることを知っていること

(ⅳ) 昭和四三年七月一日から労働安全衛生規則の一部改正規則が施行され、被告においても強風等の悪天候の場合高さ二メートル以上の場所で行なう作業が危険な作業であることを知らされていたこと

以上の事実が認められ(る。)≪証拠判断省略≫

右事実によれば、被告本輪西事業所における輸入パルプの積載およびシート掛けの作業環境は、強風に曝された危険な環境にあり、作業員の足場も地上高二・七メートルの高所でその上、トラック上の狭隘な場所であり、強風に適応し、臨機に作業方法を変更したり作業の中止を行なわなければ、転落の危険が高いことを予見していたものと認むべきである。そして転落による危険の防止のため、被告が気象台より強風波浪注意報の発令されている旨の通知を受けたときは具体的な伝達行為を自から行なうことまでの義務はないとしても右通知を伝達すべき担当者その伝達方法等を予め定め置き、もって現場の作業を指揮する作業長らに対し強風を予知せしめ、作業長以下の作業員が強風に具えた作業方法を有効にとり得るよう配慮しなければならないものと解す。

≪証拠省略≫によれば、被告は気象台から前記の如き通報を受けたときは、海上の船舶、陸上のクレーン運転手等には右通報を伝達しているものの輸入パルプの積載作業員らに対してはこれを通知する定めをしていなかったことが認められるから、この限りにおいては、被告は、作為義務に違反しているものというべきである。

しかしながら、証人浅野武の証言によれば、同人は本件当日本件作業に着手する前、強風波浪注意報の発令されていることを何らかの方法で聞知していたことが認められる。もっとも、同証人は、当日午前七時四〇分頃、出勤のため自宅を出る前、N・H・Kテレビにより右注意報のあったことを知ったと証言するけれども、≪証拠省略≫によれば、室蘭地方気象台は、同日午前七時一〇分強風波浪注意報を発令し、同日午前七時二六分にN・H・K室蘭放送局にこれを伝達したことが認められ、さらに≪証拠省略≫によれば、N・H・Kテレビは、右発令を伝達された時刻である午前七時二六分から浅野武が自宅を出発した午前七時四〇分までの間に天気予報番組を設けていないから右浅野がN・H・Kテレビにより予報を知った旨の右証言はたやすく信用できない。同人は、同放送局よりさらに伝達を受けたHBCテレビ(午前七時二五分から同三〇分まで天気予報番組を設けてある)により聞知したか、室蘭地方気象台から右通報を受けた被告会社の宿直員より直接又は間接に聞いてこれを知っていたものと推認される。

そしてこの事実によれば、仮に被告は企業の内部において、右伝達の制度を設け、この制度に基き、右浅野が通報のあった旨の伝達を受けたとしても、同人はすでに他の方法により右注意報の発令のあったことを知っていたのであるから、同人の作業方法が右通知により変更されたであろうことが認められないというべきである。してみれば、被告がかかる通報の伝達制度を設けていなかったことと本件事故との間に相当因果関係があるとは解されない。また、強風波浪注意報の発令があったというだけで、作業の中止等を命ずる一般的、具体的作為義務は存しないというべきである。

してみれば原告の本件損害が被告の「自己の行為」により発生したとする原告の主張は失当というべきである。

(二)  そこで、被告の使用者責任に基く、本件損害賠償義務があるかどうかを検討する。

被告の主張する四、(ⅲ)の二の作業方法が、被告における作業方法の一つであることは当事者間に争いがない。

(ⅰ) しかしながら≪証拠省略≫によれば、輸入パルプのトラック積荷作業は、常に前認定の場所において行なわれていた訳ではなく、パルプの一号倉庫内に格納されているその場所等の関係から便宜他所において積載を行なっていたこと、殊に風の強いときなどは倉庫と倉庫との間、或いは倉庫の中などでシート掛けが行なわれていたことが認められ、さらに、本件当時、強風のあたらない一号倉庫北側貨車引込線路上家内等においてこれを行なうことができたこと、

(ⅱ) 前認定のとおり、浅野武は、同日午前八時の作業開始前強風波浪注意報の発令されたことを知っていたが、≪証拠省略≫によれば、本輪西事業所周辺にある日本石油製精株式会社室蘭製油所における午前九時三〇分から同四〇分までの最大瞬間風速は毎秒一五・六メートル、平均風速毎秒一一メートルであり、旧称富士製鉄株式会社室蘭製鉄所における同日午前九時四〇分ごろの最大瞬間風速は毎秒二〇メートルに達したことさらに、本件事故当時一号倉庫の隣りにあたる二号倉庫前岸壁に繋留されていた船舶神永丸の位置においては午前八時に風力四、これを風速に引直せば毎秒五・五ないし七・九メートルの風が吹いていたことが認められるから、右浅野作業長において、本件程度の突風を予見できたものと認めるのが相当である。

証人浅野武の証言によれば、同人は本輪西事業所においてパルプ積載作業をすでに一〇年余も経験していることが認められるから、もとより前項(ⅰ)の事実をも経験的に知っていたものと認むべきであり、事故直前ごろ、たまたま毎秒三ないし五メートルの風速があったからといって、この一事にとらわれて、本件程度の風速を全く予見できなかったとは解されない。

以上認定の事実に、前項(ⅰ)ないし(ⅳ)の事実を総合して考察すれば、本件事故当時、作業長浅野武は、本件突風とこれによる作業員の転落受傷を予見できたから、かような場合現場作業の指揮をとる者としては、強風に具えたシートの展開方法を指揮し、或いは、トラックを安全な場所に移動してパルプの積載およびシート掛けを行ない、少なくともシート掛けだけについては、トラックを安全な場所に移動して行なわせる等の措置をとるべきであるにかかわらず、不注意にも右措置に出ることなく、漫然前認定の作業を行なわせた過失により本件事故を惹起させ、原告に対して前認定の損害を加えたものというべきである。

五、してみれば、被告は、右浅野の過失に基く原告の損害を、民法第七一五条に基き、使用者としてこれを賠償すべき義務があるというべきである。

六、以上認定の事実によれば、原告の本訴請求中、右認定の限度においては理由があるからこれを認容すべきも、その余の請求はいずれも理由がないからこれを棄却すべく、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を、仮執行の宣言について同法第一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 田口祐三)

〈以下省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例